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2017年8月31日木曜日

AI×データ時代に必要な「知覚」能力を補う方法

今更ではあるが、安宅和人氏の著した以下の記事を拝読した。安宅氏の経験に基づいた幅広い視野と深い思考・洞察があり、大変参考になる良記事であった。本記事のみのPDFであれば、800円程度で購入できるので、人工知能やデータ分析に携わる方はもちろん、そうでなく今後の未来予測に関心がある幅広い方々も、是非一度ご覧になっていただきたい。

知性の核心は知覚にある
~AI×データ時代に人間が生み出す価値とは~
(2017年5月号 特集 知性を問う)
http://www.dhbr.net/articles/-/4784

本ポストでは、この安宅氏の記事の内容を自分の言葉でまとめると共に、私が本記事を拝読して考えたことを後半に備忘録として追記しておく。本記事を読むことで、近年流行ってきた様々な手法の意味が再整理できたように思う。

「知覚」は重要である

これからは、幅広く目を向け、得られた情報を統合して、情報の意味合いを理解し(=「知覚」)、解釈した内容を言語として表現できることが重要な意味を持つ。

ますます世の中の問題は複雑化していき、それを解くための方法はより一層高度化し、多様化していく。このような状況下では、解くべき問題を定義する力と、解決手法を領域横断的に組合せる力が必要となる。そして、不完全な情報が複雑に絡み合う状態から、取り組むべき課題を見極め、答えを出すべき問いを定義するという極めて高度な情報処理においても、問いに対して様々な領域の知識や知見を総動員して取捨選択し、意味のある組み合わせを見つけ、革新的な解を出すという情報処理においても、「知覚」する能力は必要不可欠となってくるのだ。

なぜ「知覚」が重要なのだろうか

では、なぜ「知覚」が必要不可欠であり、より重要となってくるのだろうか。
その理由としては、情報を統合して意味合いを理解する能力は、これまでの思考・経験に依存する部分が大きいことが挙げられる。得られた情報のみを基に考える場合、情報が不完全なことが多いため、情報が不足し論理的に導かれる帰結は少ない。よって、これまで知り得た暗黙的なルールや別の前提を踏まえて、情報を補完しながら意味合いを理解することでしか、結論が見出せないことが多くなってくる。

「知覚」の能力を身につけるためには

よって、様々なことを経験し、知覚を鍛えるトレーニングをした方が良い。具体的には、複雑な情報の要素を見極め、性質を理解し、要素間の関係性を把握することである。この訓練は、既知の慣れ親しんだ環境下では難しく、全く新しい環境下において新しい経験を行う際により鍛えられると思われる。その状況を正しく理解しないと適切な行動をとれず、生きていけないからだ。

「知覚」能力を補填するためには

以下は本記事には全く書かれていない内容であり私の考えに過ぎないが、より効率的に「知覚」する方法、「知覚」能力を補填する手段もあるように思う。

たとえば、個人レベルでは、既存のモデル(ことわざや物理モデルなど)を対象にあてはめ、類似点や相違点を認識する、アナロジー(類推)思考を行うことで、意味合いの理解や解釈、次の結果まで予測できる場合がある。また、複雑かつ不完全な情報で構成される対象をシステムと捉え、構造的に理解するシステムズアプローチと呼ばれる方法も、要素の洗い出しや、要素間の関係性の整理に役立ち、情報の意味合いを把握、表現、共有することが容易になる。

一方で、チームレベルでは、デザイン思考ベースのワークショップなどで、他者の知覚情報を上手に取り入れ、チームとしての「知覚」能力を高めることも考えられる。

しかしながら、このようなアプローチのベースには、やはり原体験・経験に基づく「知覚」が重要な意味を持つ。また、これらのアプローチの結果を解釈する上でも、高度な認識能力が要求されることを忘れてはいけない。

2017年7月17日月曜日

今後必要となる量子コンピュータ(量子アニーリング方式)に関する周辺知識まとめ

「量子コンピュータが人工知能を加速する」を読んだ内容と周辺知識を整理した。
近年、注目を浴びている量子コンピュータの実情と今後に興味のある方には、必読の一冊と思う。近いうちにちゃんと勉強する必要が出てくるであろう。


本書は、量子コンピュータの基礎原理の一つである「量子アニーリング」方式の理論を提唱した、西森教授、大関准教授による共著の一冊となっている。

量子アニーリング方式の量子コンピュータは、以前は研究の本流であった量子ゲート方式に比べ、今現在とてつもない脚光を浴びている。

理由を平たくまとめると、解ける問題の幅は狭いが、近年重要な人工知能を下支えする重要な問題に対して適用可能で、従来のコンピュータに比べ、超高速(1億倍)かつ低エネルギー(スパコン京の500分の1)で、比較的安定的に解くことができるのだ。

量子アニーリングとは、組み合わせ最適化問題を解く場合に、量子効果を用いる方法である。まず、目的関数をイジングモデル(2値変数とその関係性の関数)として表現する。この2値変数が上下の向きを持つスピンに相当し、それらが格子状の構造を持っているモデルである。格子状につながっている変数同士は同じ値を保持したほうが、エネルギーが低く安定した状態となる。
次に、このイジングモデルに対して、横磁場をかけることで、スピンを上か下の決まった向きではなく、上下の両方を重ね合わせた状態で持つことが可能となる。これを格子状のすべての変数に対して重ね合わせた状態で持つことで、あらゆる解候補をすべて重ね合わせた状態で持つことに相当する(下図左)。
その後、だんだんと横磁場を弱めていく(上か下かをフィックスさせていく)と同時に、格子状の関係性(相互作用)を強くすることで、重ね合わせの確率分布が変化(下図中央)し、同最適化問題の解を得ることができるのである(下図右)。

Fig.量子アニーリングの概要 (横軸は2値変数の組の取るいろいろな値の組(古典状態),縦軸の黒の曲線は目的関数の値,青の線は各配位の存在確率を表す。)引用元:西森教授の量子アニーリング説明ページ

簡単に、量子アニーリング方式と量子ゲート方式を比較すると以下のような違いとなる。
  • 量子アニーリング方式
    • 組合せ最適化問題に特化
    • 安定:エネルギーが低い状態のみを保持すれば良いため
    • ※カナダのベンチャー起業のD−Wave社が実装した量子コンピュータは同方式
  • 量子ゲート方式 
    • 理論的には汎用的に利用可能
    • 不安定:重ね合わせの状態を保持する必要があるため
詳細は、著者の西森教授による量子アニーリング説明ページをご覧いただきたい。
量子アニーリングの論文やイジングモデルの具体的な定式化例の説明がある。
加えて、下記2つの記事は包括的に量子アニーリングについて説明している
大変有益な記事であった。
  1. 「量子コンピュータが人工知能を加速する」を読んで、数式を使わずにPythonでその概要を説明してみた
    http://qiita.com/onhrs/items/aa0aa181c27743956689
  2. 物理のいらない量子アニーリング入門
    http://blog.brainpad.co.jp/entry/2017/04/20/160000
現実の組み合わせ最適化問題を量子アニーリング方式で扱うためには、イジングモデルという形式に落とし込む必要がある。イジングモデルについては、上記記事にも説明が書かれているが、より直感的な理解を求める方は、以下2つを参照されたい。
  1. Ising Modelを平易に解説してみる
    http://enakai00.hatenablog.com/entry/20150106/1420538321
  2. イジングモデル - KnowledgeBase - 岡山大学理論化学研究室
    http://theochem.chem.okayama-u.ac.jp/wiki/wiki.cgi/exp11?page=%A5%A4%A5%B8%A5%F3%A5%B0%A5%E2%A5%C7%A5%EB
また、私が驚いたのは、D−Wave社のような量子コンピュータのハードウェア企業に加えて、「組み合わせ最適化問題」を量子アニーリング方式で扱う「イジングモデル(量子ビットとその相互作用の組み合わせ)」に変換するのに特化したソフトウェア企業が現れているというのも驚きである。
彼らはhardware-agnostic platforms and services(ハードウェア非依存の基盤とサービス)を適用している。今後、D−Wave社以外の量子アニーリング方式のハードウェアが現れてきても、1QBit社のイジングモデルへの記述方法のナレッジは適用可能である。また、日本独自の量子コンピュータと称される、国立情報学研究所が開発中の「レーザーネットワーク方式」の量子コンピュータもイジングモデルを採用しているため、イジングモデルで記述した問題はそのまま解くことができる。今後、ますます重要な役割を担うであろう。

最後に、現状の日本の量子コンピュータに関する取り組みについては、以下を参照されたい。
  1. 日本独自の量子コンピュータ
    http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20140314/543707/?rt=nocnt
  2. 人工知能に必要な「量子コンピュータ」とは|日本の取り組みと必要スキル
    https://furien.jp/columns/267/
雑多ではあるが、本書を読んで調べた周辺知識のまとめは以上である。
今後も、量子コンピュータ界隈の動向から目を話せないことは間違いない。

2017年6月17日土曜日

今更聞けないデータ分析による因果関係を示し方〜いかにして因果関係を示すか?〜

本書の概要

データ分析やデータサイエンス領域が重要視されて久しいが、「今あるデータから何が言えるのか」「あることを証明するためには、どのようなデータをどのようにとれば良いのか」を十分に理解して分析できる人材は多くない。大量データから単なる平均や分散などの基本的な統計量を算出することや、流行りの機械学習にとりあえず食わせる作業をデータ分析と言っている人も多い。

本書には、政策設計や制度設計における意思決定のためのエビデンスとして、データから因果関係を示すためのデータ分析手法およびその考え方が記されている。データ分析を実施したことがない方や、とりあえずExcelやAccessで分析したことはあるけれど、科学的に因果関係を立証したことはない方などには最高の入門書となるだろう。ただし、本書はあくまで因果関係の考え方に主眼を置いているため、基本的な統計の知識の説明や機械学習などの説明はほとんど含まれない。

また、本書の特徴としては、本編には数式は登場せず、数式アレルギーの方でもすらすら読めるようになっているので、安心されたい。発展的な内容や数式については、後半に良書が紹介されているので、より深い勉強をされたい方はそちらを参照すると良いであろう。

Kindle版も存在する。

因果関係を示す分析手法

本書で紹介されている因果関係を示す分析手法の概要と弱み・強みを備忘のために記しておく。

  • RCT(ランダム化比較試験)
    • 因果関係をデータ分析によって明らかにする最良の方法
    • 介入グループと比較グループを用意し、介入グループにのみ介入を行い、加入後の両グループの差を平均介入効果=因果関係と見なす。
    • 介入がなかった場合、介入グループと比較グループの平均結果は同じになる必要がある→自己選抜バイアスをなくすなど、無作為にグループを分ける必要あり
Fig. Randomized Controlled Trialの概要

  • RDデザイン(回帰不連続設計法)
    • 自然実験手法(あたかも実験が起こったかのような状況を用いて因果関係を分析する)の一種
    • 既存のデータの中に存在する境界線を利用し、ある境界前後において介入要素となりうるもののみが非連続に変化する場合(その他の要素は連続的に変換する必要がある)、その境界線付近の前後でRCTと見なすことができる。
  • 集積分析
    • 自然実験手法(あたかも実験が起こったかのような状況を用いて因果関係を分析する)の一種
    • 既存のデータの中に、何らかのインセンティブのみが階段状で変化する場合(その他の要素は連続的に変化する必要がある)、インセンティブが大きく変わる境界点におけるデータを集積することで、インセンティブに反応したかどうかの因果関係を説明できる。
  • パネル・データ分析
    • 自然実験手法(あたかも実験が起こったかのような状況を用いて因果関係を分析する)の一種
    • 複数グループに対して、介入開始前のデータに「平行トレンドの仮定」が成り立つ場合、介入前後の複数グループ間の差を比較することで介入効果を説明できる。
Fig. Analysis of Panel Data 



分析手法の強みと弱みの整理

分析手法強み弱み
RCT
(ランダム化比較試験)
・因果関係を科学的に立証できる
→内的妥当性が非常に高い
・費用/労力/各機関の協力を要する
RDデザイン
(回帰不連続設計法)
・境界線を境に、介入要素のみが非連続であるという仮定が成り立つのであれば、既存のデータを基にあたかもRCTが起こっているようにみなせる・成り立つであろう根拠を示せるが、因果関係を科学的に立証できない
・境界線付近のデータにしか、因果関係を主張できない(境界線付近の主体に対する介入効果しか説明できない)
集積分析・境界線を境に、介入要素のみが階段状で変化し、他の要素は非連続で変化しないという仮定が成り立つのであれば、既存のデータを基にあたかもRCTが起こっているようにみなせる・成り立つであろう根拠を示せるが、因果関係を科学的に立証できない
・階段状に変化するインセンティブに反応する主体に対する因果関係しか主張できない
パネル・データ分析・介入が起こった前後のデータが介入グループと比較グループについて入手でき、介入グループと比較グループについて平行トレンドの仮定が成り立つ場合、介入グループに属する全ての主体に対して介入効果が説明できる
→外的妥当性は比較的高い
・成り立つであろう根拠を示せるが、因果関係を科学的に立証できない
・「平行トレンドの仮定」は非常に難しい仮定であり、成り立たない状況も多い
→他の手法に比べ、内的妥当性は劣る


2017年4月18日火曜日

【SPRINT】Googleで培われた最速な問題解決プロセス

本書の概要

SPRINTとは、Googleの中で培われた短期間(5日間)で、問題を見極め、解決のためのアイデア評価を行い、答えを出す手法である。下記の図で示すように、通常ビジネスにおいては必要な、ビルドやローンチといったプロセスをスキップして、アイデアの良し悪しを学ぶことを可能とする。

Shortcut [the Design Sprintより引用]


本書は、SPRINTについての体系だった説明というよりは、具体的な実践方法が詰め込まれた一冊である。「リーンスタートアップ」よりも速く答えを出すための工夫が、「イシューからはじめよ」よりも実践的で現実に即した内容が盛り込まれている。

例えば、進行役が注意すべき点や、被験者の集め方に加え、文房具の準備の方法や、おすすめのランチのタイミングなど、実践知に基づき、実際にSPRINTを実施して問題解決するための細かいTipsまで記されている。加えて、本書末尾の付録には、SPRINT実施のための留意点をまとめたチェックシートがついており、実際に問題解決策のアイデア出し&評価を実施するためには、ぜひ参考にしたい内容だ(本書をそばに置きつつ、まずはSPRINTの試してみて、その効果を見定めるのはアリだと思う)。

しかしながら、本書は残念な点も多い。章の頭や途中に、方法の説明と前後する形で事例が記載されており、しかも、小説調や語り調で書かれているため、読みにくかったように思う。個人的には、洋書特有の緩い表現をを排して、見出しを構造化して事例は最後にまとめるなどすれば、より読みやすい書籍となったように思う。また、副題に「最速仕事術」とあるが、「仕事」という表現は少しもったいないように思う。本書でいう「仕事を最速に行うこと」は、チームとして問題の特定から、解決アイデアの評価を最速で行うことであり、一般的に「仕事」という言葉が指すことの多い、個人の決まった作業の効率化という内容とは一線を画すからである。

SPRINTの重要な考え方

SPRINTの中で特に重要と感じた考え方について列挙する。

  1. 役割とプロセスの明確化と合理化
    • 問題を深掘りする際の課題の洗い出しなどは、専門家を招聘して実施し、出来上がったプロトタイプの評価は被験者を集めヒアリング評価を行う。また、チームで集めたアイデアの素材は共有し、それを基にメンバは個人でソリューションを考え、スケッチにまとめる。またメンバは投票を行い、意思決定者が最終的にソリューション案を決定する。このように誰がどれを行うかが明確になっており、無駄がなく、合理的である。
  2. 問題の見極めとフォーカスを尊重
    • いきなりソリューションを考えるのではなく、まず問題をしっかりと特定し、チームとして認識し、明確なターゲット(どの顧客の何の瞬間)を定める。
  3. 解決策立案のための素材収集の効率化
    • 定義された問題を解決するための既存のアイデアを持ち寄って、デモを行いチームに共有する。チームは、共有された既存アイデアを改善させたり、組替えたりすることで新しいアイデアを醸成する。
  4. 解決策のアイデアは具体化
    • ブレインストーミングより個人のアイデア出しの方が優れていることは立証済であるため、個人でアイデア出しを行う。また、抽象的なアイデアの場合、感情や主観によって捉え方や評価が変化しやすいため、アイデア自体を公平公正に評価するため具体化を行い、スケッチにまとめる。
  5. アイデアの意思決定/合意形成の効率化/主観の排除
    • 「メンバの品評→メンバの投票→意思決定者の決断」というようにプロセスを決めておくことで、好き勝手に自由なタイミングで品評する無駄な時間を省くことができる。匿名にするなどして、アイデアを公平に客観的に評価できるような工夫をする。

SPRINTの実施内容

本書に記載されたSPRINTのキーワードを、備忘録として曜日ごとに整理しておく。

◼︎月曜日:問題を見極め、特定する ※いきなりソリューションから入らない
長期目標:プロジェクトの1年後に目指すところ
スプリントクエスチョン:スプリントの最後にどのような問いに答えられるか?
マップ:顧客が製品/サービスを利用する流れを整理したもの
専門家にきく:マップを確かめる、課題を知る
どうすればメモ:課題に対して、どうすれば〜という形でまとめる
ターゲットを決める:本SPRINTでどこにフォーカスすべきか?
 ・重要な顧客は誰か?
 ・体験の中で最も重要な瞬間はいつか?
 ・インパクトがある/重要そうなところ

◼︎火曜日:問題解決のアイデアを具体的なスケッチにする
光速デモ:改良と組替えに焦点をあてる。既存のアイデアで使えそうなものを3分でプレゼン。月曜からの宿題でも良い。

メモ: ベストな素材を集める
アイデア: なんでも書く
クレイジー8: アイデアのバリエーションを高速に洗い出す
ソリューションスケッチ:3コマでまとめる:全員が個別に作成する、抽象的なアイデアは誤って評価される、ブレストより個人の方が良いアイデアがでるのは証明済。

◼︎水曜日:解決策の決定とプロトタイプのストーリー作成
ソリューションスケッチの決定:投票して勝者を決める
ストーリーボード:プロトタイプの計画を立てる

◼︎木曜日:リアルなプロトタイプの作成
ファサード:完璧→必要最低限、長期品質→一時的なシミュレーション
プロトタイプ思考:
 ・短時間でリアルさを得る。
 ・時間をかけすぎない。

◼︎金曜日:生身の人間による評価
現実なユーザーによるテスト(5人):それ以上は費用対効果が微妙。

参考情報

The Design Sprint http://www.gv.com/sprint/

2016年10月10日月曜日

今更聞けない「GRIT:やり抜く力」の重要性と身につけ方


概要

多くの有名企業が採用基準に加えるなど、最近注目を浴びている「GRIT:やり抜く力」について、豊富な事例・科学的な根拠に基づいたまとめられた一冊である。

学力の経済学などでも教育について統計的な根拠を用いて緻密な説明がなされていたが、本書でも多くの統計情報を基に論じられるため、科学的にGRITに関して理解が深まると同時に、それを裏付ける多くの偉人の具体的なエピソードはとても読み応えがある。


構成とおすすめの読み方

大きく分けて3つのパートから構成されている。

PART1は、GRITとは何か、GRITの重要性について、
PART2は、自分自身がGRITを伸ばすための方法について、
PART3は、自分以外のGRITを伸ばすための方法について、
それぞれ記されている。

そのため、自身がGRITを身につけたい、向上させたいと考える方は、PART1,2を中心に読むと良い。
また、子供や部下のGRITを伸ばしたいと考える親、教育者、上司のような方はPART1,3を中心に読むことをおすすめする。

どのようにGRITを伸ばすかなどの詳細については、実際に本書を手にとって読んで頂きたいが、今回は備忘録代わりにGRITの重要性についてまとめ、まずはじめに多くの人が悩むであろう「取り組むべきこと」の発見方法についてのみ深掘りする。

GRITとは?

本書において、GRITの定義をビシッと一言で記載されておらず、明確な定義はないのであるが、一言でまとめると以下になるであろう。

GRIT(やり抜く力)とは(長期的な目標に向けた)「情熱」と「粘り強さ」である

情熱とは、ある重要な目標を達成するために興味を持ち続け、練習し続けることである。熱心さ、夢中や熱中とは若干ニュアンスが異なり、一つのことにじっくりと長い間取り組む姿勢のことである。
また、粘り強さとは、困難や挫折があっても諦めずに、目的達成のために希望を持って努力をし続けることである。

本書の中で引用されていた300名の偉人を対象にして実施された調査によると、これらを持ち合わせた人が必ず偉業を達成できるとは限らないが、偉業を達成できた人の中でも特に大きな功績を挙げた人はGRITが優れていたとのことである。

なぜGRITが重要なのか?

それでは、なぜGRITが重要なのであろうか。

本書では、しばしば才能とGRITを対比させる形で論じられるが、才能とGRITがどのように偉業と関連しているかは、以下の式にて示される。

達成の方程式
スキル=才能×努力
達成=スキル×努力

$$ accomplishment= gift*grit^2 $$

つまるところ、偉業の達成は、才能に比例し、努力の二乗に比例するのである。2倍努力し続ける人は、4倍の業績をあげるということである。
よって、才能が突出していなくても、GRITを鍛え上げることで抜群の業績を出すことが可能となる。

しかしながら、なんでもかんでも必死にやり続ければよいというものではなく、ブレない目標、動機の持続性が必要であり、着実にスキルを向上させるためのカイゼンも必要であると本書では述べられている。

何に取り組むべきか?情熱はどのように抱くのか?


自分が何を取り組むべきか、自分が本当にやりたいことは何かをわかっている人は少ないのではないだろうか。重要な目標、目的を決めきれないまま、なんとなく学業や仕事をしている人に対して、道しるべとなる情報が記されていたので、整理しようと思う。

本書によると、深い情熱は「興味」と「目的」によって支えられるという。

興味を掘り下げる


興味の段階として、発見と発展の2つの段階があると述べている。

1つ目は、自分自身が何に興味を覚えるかを知る「発見」の段階であり、
2つ目は、その興味を持ち続け、興味をさらに掘り下げていく「発展」の段階だという。

発見の段階では、まずは自身の好き嫌いに着目し、とりあえず好きなことをスタートさせて見ることが重要であり、何をしている時間が最も楽しいかを知る必要がある。一朝一夕では自分の興味を発見できないのが普通であり、時間をかけてまずは方向性を探るところから始めてみようとのことだ。

私個人としては、この発見の段階において「本当に楽しい、心から興味がある」という確信は、「どのような条件、どのようなタイミングで得られるのか?」にとても関心があったが、残念ながらその辺にはあまり触れられていない。おそらく興味関心は、遺伝というよりは、個々人の原体験によって、決まるものではないかと思うのだが。

次に発展の段階であるが、興味のあることをさらに掘り下げていくフェーズである。誰でも新しいことに興味を抱くということに変わりはないが、GRITが弱い人は、全く違う新しさを持つことに目移りしてしまい長続きしないと言われれている。対して、GRITの強い人は、興味のあることの微妙な差異に新しさを覚えるらしい。興味のあることに常に疑問をもち、その答えを探し続けることで興味を掘り下げ、新しさを見出すのである。そして、その微妙な差異にさらに興味を覚え、情熱をドライブし続ける。

自分の身近にいるエキスパートも微妙な差異に気づく。他の人がしっかりとレビューしても気付かない、設計上の考慮漏れや検証方法の穴に瞬時に気づき、的確な質問をするケースを何度も見てきた。エキスパート自身が興味を掘り下げていく上で、そのような細部にも目を配って、考慮し続けてきたことであるから、いわゆる直観が働くのであろう。

目的を見出す


興味のあることに対して真剣に取り組むことで、自分の取り組んできたことに大きな目的や意義を見出すという。ポイントとしては、目的起点で興味のあることを見つけるのではなく、まず興味のあることを色々と模索し、興味に基づいて真剣に取り組み、それを改めて振り帰って目的を見出すことが一般的ということである。

社会的意義や、他者を助けたいという目的を思ってから物事に取り組むことも決して悪いことではない。しかしながら、ある研究成果によると、目的に加えて、その仕事自体への興味がある場合の方が、目的だけの場合に比べて、継続的に努めるのだという。

私個人としても、何か特別な経験がないといきなり目的を決めることは困難に思う。やはり興味のある分野をやってみて「目的を見出す」ことが自然な気がする。孔子も論語の中で、同様の段階を経ており、ひたすら学問を続けてみて、50歳にしてやっと真の目的(天命)を見出せたのだと思う。「とりあえず続けてみて」といった軽い思いで始めたわけではなかったかもしれないが、真剣に取り組んだ後だからこそ、見出せたのだろう。

子曰く、
吾れ十有五にして学に志ざす。
三十にして立つ。
四十にして惑わず。
五十にして天命を知る。
六十にして耳従う。
七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず。

さいごに

兼ねてから、自分自身のパフォーマンスは明らかにモチベーションに依存すると感じていたため、どうすればモチベーションが上がるのか、情熱が抱けるのだろうか、と思っていた。本書は、情熱を「興味」と「目的」にブレイクダウンし、科学的な根拠に基づいて、それぞれの向上の方法について論じられた良書であった。

何をすべきか悩んでいる方、成果が出ずに悩んでいる方などは是非ご一読いただきたい。

2016年6月12日日曜日

今更聞けない「モデリング」の重要性:モデリングをはじめて勉強する人におすすめの入門書4点

モデルを基にした思考方法は、社会人に必須のスキルの一つである。プレゼンテーションにおける表現や、多様なバックグラウンドを持つ他者とのコミュニケーションにも、モデリングの考え方の一つである、抽象化・単純化の思考は必須である。

今回は、近年ますます注目を浴びているモデリングの方法やモデルベースの思考法を習得し、実ビジネスに応用するための入門書を紹介する。

モデリングの方法

スーパープログラマーに学ぶ 最強シンプル思考術




本書は、モデルリングの入門書として最適な書籍といえよう。本書で取り扱うモデルは、様々なモデルの中でも最もシンプルな「四角」と「線」だけで構成されるモデルを扱っている。このモデルの書き方はシンプルであるが故に非常に汎用性の高いモデリングの方法となる。本書でモデリングの基礎を押さえておけば、その他の様々なモデリング手法、記法(UML、SysML、BPMN、OWLなど)を習得するための準備になることは想像に難くない。また、非常に多くの卑近なモデル例、それらのモデルの良い点、悪い点、さらには悪いモデルの改善プロセス、モデルの現実的な活用例までが丁寧に説明されている。

特筆すべきモデリングの基本は、同じ対象であっても、目的や視座によって、出来上がるモデルが変わることである。これはモデルの良し悪しとは別の次元の話である。どの側面にから対象を観察するかで、見方は変化するが、それはどれも間違っていない。射影する方向が異なるだけである。

もの・こと分析で成功するシンプルな仕事の構想法

対象をモデル化・シンプル化するための一つの方法として、モノとコトに分けて考える手法がある。そちらも参照して欲しい。

「モノとコトから考える仕事の本質とは」

モデルの活用


基本的なモデリングに慣れた後は、モデルの活用に向けて以下の書籍を読むことをお勧めする。

アナロジー思考




抽象化し、アナロジー(類推)思考を行うことは、誰でも多かれ少なかれ経験があるだろう。本書にはそのアナロジー思考に焦点を当て、最大限有効活用することで、新しいアイデアを生むための方法論が書かれている。対象物を、ある側面から見て本質的な部分に絞り、抽象的に構造化することで、類似の構造を持つケースからアイデアを借りてくることが可能になる。自分が理解している別の領域におけるノウハウを、類似の構造を持つ領域に適用することで容易に解決策が思いついたり、新しい商品のアイデアが思いついたりできるようになるのである。
アナロジー思考の根底にあるのは、やはりモデリングによるシンプル化の技術である。アナロジーを用いるためには、対象の特徴を捉え、余計な部分を除外し、シンプルにモデリングする必要がある。本質的な部分のみを適切なレベル感でモデリングできれば、他の領域からアイデアを持ち込んで適用する場合も効果的に適用できる。

学習する組織




言わずと知れたベストセラー経営書である。本書の前半は、システム思考について書かれている。システム思考の肝は、経営における重要な事象をモデリングし、中長期的変化、挙動パターンを予測することにある。人間は認知的限界から、線形の因果関係のみを短絡的に捉えがちであるが、その背後には、その状況を支配する非線形な因果関係を持つシステムが存在し、ダイナミックに複雑なパターンを生成しているのである。
システム思考においては、複雑な非線形の因果関係のうち、特に重要なフィードバックループにフォーカスし、モデルをよりリッチに表現する。フィードバックループとは、ある要素aが、別の要素bを引き起こすという、a->bという一方向の因果関係だけではなく、b−>aという逆向きの因果関係を考えるものである。それら二つの因果関係がある場合、人間が予測する結果よりはるかにバリエーションに富んだ挙動を示す。自己強化型のループの場合は、指数関数的に増加、減少したり、バランス型のループの場合には振動しながら減衰することもある。

一例を紹介する。Stock and flow diagram of New product adoption model(Wikipediaより引用)の場合、新製品の潜在的なユーザーが、実際に利用するまでの関係性を以下のようなフィードバックループを用いて、記述する。


上記モデルについて、シミュレーションを行うことで、以下のような、ユーザー増加に関する動的特性を観察できる。



現状見えている事象や出来事から、その背後に存在するシステムを見出すには、状況を引き起こしている要素を発見、選択し、フィードバックの関係性を含め、システムの構造を必要十分にモデリングするスキルが肝要となる。「スーパープログラマーに学ぶ 最強シンプル思考術」なども参考にしながら、モデリング自体に慣れ、必要がある。
フィードバックループを含むシステミックなモデルが描けるようになれば、上記のような動的な特性の把握が容易になり、挙動パターンの理解、システム自体の構造的な改革を行えるようになるだろう。

まとめ

今回は、あつかう対象が複雑化し、情報が氾濫する現代に必須のスキルである、モデリングの方法、モデルを基にした思考法に関する書籍を紹介した。今回紹介したようなシンプルに考える方法に興味を持って頂けたら幸いである。



2016年6月5日日曜日

最大限に不確実性を抑え込む仕事の進め方〜「なぜ、あなたの仕事は終わらないのか」を読んで〜






本書には、米国Microsoft本社にてWindows 95, Windows98の基本設計を行い「右クリック」「ダブルクリック」「ドラッグ&ドロップ」の概念を現在の形に仕立て上げた、中島聡さんの仕事論が記されている。中島さんの学生時代から現在の仕事に至るまでの様々な実体験をベースにして論じられるため、想像しやすく納得性がある。多くの為になるTipsが書かれていたが、本記事では要点を絞り、紹介する。

本書で推奨する仕事の進め方:最初の2割で仕事の8割を終わらせる


本書では以下の仕事の進め方を推奨している。

時間がある時にこそ、全力疾走で仕事し、締め切りが近づいたら流す

最初の2割で仕事の8割を終わらせる

これによるメリットは、いくつも記されているが、主要なものは以下の2つであろう。

仕事に余裕が生まれる

最初の2割で8割分の仕事を行うため、残りの8割の時間を使って、残り2割の仕事をすれば良い。これだけ余裕があると仕事を確実に完成させることができる。すべての仕事が締め切りにおわれている状況と比較するだけでも、仕事の品質が上がることが容易に想像できるであろう。

早い段階で延期リスクを上申できる

2割の時点で8割の仕事が終わっていなかった場合、仕事が延期する可能性が非常に高い旨を「2割の時期」に伝えられることである。これが8割の段階になって伝えられても、マネジメント側としてはどうしようもない場合が多いが、早い段階であれば再調整が可能な場合が多いのである。

いかに仕事の不確実性を抑え込むか?

この考え方を整理すると「早い段階で以下に仕事の不確実性を抑え込むか?」に集約されるであろう。本書は暗黙的に、不確実性を多分に含むクリエエイティブな知的活動を「仕事」として捉えている。コンビニのバイトや工場の生産ラインのようなルーティンワークは、ほとんど不確実性を含まないため、2割の期間で8割の仕事などできるはずがない(完全な体力勝負になるだけであろう)。

確かに、不確実性を多く含む活動の作業規模・作業時間の正確な見積をするには、とにかく早い段階で着手し、8割の仕事を進めてみることが最も効果的なのは間違いない。すでに見積の段階で着手し、8割の仕事を終えているのだから。

不確実性さえなくなってしまえば、あとはひたすら完成度を高める作業を余裕を持って行えばよく、精神的にも余裕があり、プロダクトの品質は安定的に向上する。

時間術の先には?


上述のような有益な時間術論を展開後、「いかにしてやりたいことに取り組むか?」といった熱い仕事論が待ち構える。時間術はやりたくないことを行う時間を最小化する手段でもあると述べ、時間術によって生まれた時間をやりたい仕事、やりたいことに費そう、という内容となる。そして最後に以下のメッセージで全体をまとめている。

「一度しかない人生、思い切り楽しもうぜ」

現実的な仕事の進め方から熱い仕事論まで非常に濃い内容の一冊であった。

2016年6月4日土曜日

応用の利くレシピとは?〜家飲みを極める〜

単なるおつまみレシピ本ではない




実験を通じて科学的に、(時に主観的に)、試行錯誤しながら、美味しく、かつ現実的な調理法について、検証のプロセスを含めて紹介されている本。

普段の調理の際に、クックパッドなどのレシピはよく見ているが、全てをレシピ通りに作ることはない。
材料や器具の制約、時間の制約、好みにあわせて、多少なりともアレンジして作るのが普通ではないだろうか。

本書はもちろんレシピを紹介しているのだが、そのレシピに至った過程が示されているため、
レシピの中でも
「レシピ通り忠実に行うべきところ」
「アレンジできるところ」「アレンジする際の観点」
が明確にわかる。

「本質を捉えて自分なりにアレンジができる」という点で、非常に有用なレシピ本だと感じた。


我が家のポテトサラダがいまいちだった理由

さっそく試してみたのがポテトサラダ


ポテトサラダはいままでもよくおつまみとして作っていたが、じゃがいもを加熱する方法については、いつも火が通りやすいように皮をむいて小さめにカットし、器に入れたものを電子レンジでチンしていた。
いつもなかなか熱が通らず、じゃがいもは硬いままで潰すのも一苦労だった。

しかしこの加熱方法が間違いだった。

じゃがいもの加熱方法について、本書の中では6パターンの実験を行い、ホクホク感、甘さ、粘り、水っぽさ、硬さの観点で検証されている。

結論だけ言うと、水から茹でると甘くなるが硬くなり、カットせずに丸ごとラップで包んでレンジでチンすると、一番ホクホクするという結果であった。

これだけ聞いてもピンとこないが、
 なぜ水から茹でると硬くなってしまうのか?という点について、
科学的にきちんと説明が書いてあるので納得度が高い。
また、メカニズムがわかるので応用ができる。
そして、材料の性質に基づいた結果であるため、再現性が高い。

さっそく、じゃがいもを洗って皮のままラップに包んでレンジでチンしてみたが、
レンジから取り出した時の香り、潰す感触、全く別物だった。
ホクホクのじゃがいもなので、潰す力もいらず、結果的に楽になった。

半分騙された気持ちでやってみたが、調理法でここまでも変わるのかと
驚くほど美味しいものが出来上がった。


もちろん、蒸し器で蒸すのが一番ホクホクで美味しいじゃがいもになるとのことだが、
忙しい中、おつまみとして一品作りたいというシーンでは、この「丸ごとレンジでチン」が一番コスパが良い。
ちゃんと現実的なソリューションを提供してくれるのも、本書の良いところだ。




おまけ〜ホクホク感の決め手はペクチン

じゃがいもの細胞壁に存在するペクチンは、温度によって変化する。

加熱前
ペクチンが細胞同士を強く結びつけているため、硬い。

加熱開始
ペクチンが水に溶けて結合が緩む

50-80度  (65度前後)
酵素によってペクチン同士が結合する。=硬化現象

80度以上
酵素が死んでしまうため、ペクチンが分解されて煮崩れしやすい。
しかし、硬化現象が起こった後では、80度以上になっても結合は崩れにくく、煮崩れしにくい。

よって、水から茹でると硬化現象が起こりやすく、煮崩れはしにくいが硬くなってしまう。
ホクホク感を目指すにはあまり向いていないということだ。

oi: お酒が進む!ポテサラ編

2016年5月14日土曜日

本質の見極めと抽象化による推論〜相対性理論はどのように生まれたか?〜

相対性理論

相対性理論とは、時空と物質は互いに密接に関係し合うことを説明する理論であり、量子論と並んで最も有名な物理理論の1つである。


本書は、その相対性理論を非常に分かりやすく説明した一冊である。特に、特殊相対性理論については、物理と専門としない人にとっても、十分わかった気になれる。相対性理論に興味があるが、敷居が高い、時間がないなどの理由で勉強しようと思わなかった方には、まずは本書を2時間程度で読みきることを強くお薦めする。

さて、相対性理論の中身の話については本書を読んで頂きたいが、ここでは相対性理論が生まれるプロセスに着目して、物理の理論構築の進め方について感じたことを述べたい。

思考実験の重要性

”思考実験 (しこうじっけん、英 thought experiment、独 Gedankenexperiment)とは、頭の中で想像するだけの実験。 科学の基礎原理に反しない限りで、極度に単純・理想化された前提(例えば摩擦のない運動、収差のないレンズなど)により遂行される。”(出典:Wikipedia)

相対性理論を説明する上で、以下のような思考実験が複数説明されている。また、本書によると、アインシュタインは思考実験が得意であったらしい。
 ・一定速度で進む電車中央から前後に光を照射したらどちらが先に到着するように見えるか?
 ・光の速さが10(m/s)だったら、世界はどう変化するか?
 など
 
ある仮説の下で必要な概念だけを抽出した単純な世界において、対象の物理法則に基づいて演繹的に事象を推論することで、自らが考える理論の妥当性について勘案したり、より深い洞察を得たりしていたのであろう。
実際、相対性理論が扱う物理現象は、ほぼ現実世界と乖離しており、ほとんどの一般人が人生において相対性理論の有無を日常生活で意識することはないと考えられる。そのような極めて想像しにくい世界においても、物理法則を論理的に組み合わせ、演繹的な結果を頭の中で想像できる力が必要なのであろう。

数式との対話


数式を用いて思考することは、高度な抽象化思考に相当する。
現実の事象を変数と式に落とし込むことで、ある公理系のもとで極めて客観的な演繹的推論が可能となる。
これは、前述の思考実験と似た側面があり、現実では想像もしにくい世界の物理現象を正確に推論することが可能となる。

数式を変形させたり、近似したり、様々な変化を加えることで、異なる解釈が可能となり、事象を色々な側面から観察することが可能となる。この数式との対話を繰り返すことで、ある物理現象を最も美しく説明できる方法を考えていく。

本質の見極めと抽象化による推論

このように、アインシュタインをはじめとした理論物理学者は、シンプルに問題の本質を抽出し、数式や思考実験を用いることで、様々な知見を獲得していた。

ポイントは本質の抽出と抽象化による推論であろう。我々が取り組む様々な問題のすべてに数式や思考実験が使えるとは限らないが、本質的な要素、より重要な要素、より支配的な要素だけを抽出し、適度に抽象化し、それらの関係性から何かしら想像し、推論するということは知らず知らずのうちに日常生活の中で行っている。より客観的に、より現実とかけ離れた世界の推論を行うためには、数式などの道具が必要というだけである。

今後、様々な要素が絡む複雑な問題が増えていくことは明白である。シンプルに本質的な要素や関係性を洗い出し、抽象化し推論・想像する力はより求められていくであろう。



2016年3月19日土曜日

意思決定の要素分解(武器としての決断思考:瀧本哲史を読んで)



概要

学業、仕事、人生において様々な意思決定が存在するが、他人の意見にただ同調するのではなく、自らの頭で考え、決断・行動することが、これからの社会を生き抜く上で必要不可欠である。ディベートの考え方に基づき「決断」の仕方を分解・整理することによる、高いレベルの意思決定の方法について著されている。

備忘のため、ディベートの考え方に基づいた意思決定において考慮すべきことを整理してみた。

意思決定の要素分解

以下のように、意思決定は「あるアクションをするべきか、否か」を決定することが基本である。アクションによって、解消される問題もあれば、アクションによって新たに発生してしまう問題もある。








アクションの前後の状況を比較し、アクション後の状況の方が好ましい場合、アクションをとる。そうでなければ、そのアクションはとらない。現在の状況を正確に観測し、アクション後の状況を可能な限り推測し、客観的に好ましさを比較することが意思決定の全てである。








この意思決定において、確認すべきことをもう少しブレイクダウンすると以下になる。この各質問は、ディベートにおいて相手側の主張を切り崩していくポイントと合致するため、ディベート参加者は、この質問に対して周到な準備をして臨むのである。








さらに言えば、このアクションを起こすことに投資(費用)が必要な場合は、前後の状況の変化を定量的に評価し、アクション後の状況がアクション前の状況に比べどの程度良いかという期待効果を金額換算することで、投資可否を判断できるようにもなる。




新・観光立国論(デービット・アトキンソン)から考える日本の文化財に関する課題

デービット・アトキンソン
新・観光立国論

雑感

少子高齢化社会という日本の未来に対して、観光立国として生き残る、むしろ勝ち抜くための提言をしている。文章として読みやすいだけではなく、大衆書籍には珍しく、きちんと様々な客観的なデータに基づいて論じられているため、疑問なく筆者の主張がすっと理解できる。日本の行く末を少しでも考えている人であれば、その一つの道として理解しておくべき内容だと思う。

筆者の主張の概要

GDP増加のためには人口増加が不可欠である。しかしながら、少子化を完全に防ぐことや、移民を受け入れることは現実的ではない。そこで、観光客を「短期移民」と位置付け、日本が観光立国となることが現実解であると主張する。
日本は、観光立国としての4条件(「気候」「自然」「文化」「食事」)全てについて基準を満たす稀有な国である。しかし、2013年の観光客数は世界26位の約1000万人に留まり、1位であるフランスの約8500万人と非常に大きい差がある。これは何かしらの原因があるに違いない。後半では、このフランスを初めとする現在の観光大国との相違点に触れ、なぜ現在の日本が観光立国となれていないかを多角的に分析し、どうすれば観光大国となれるのかに言及する。

日本の文化財に関する課題

第6章に日本の文化財に関する問題点が述べられており、そこが日本人の私としても大変共感できた。その部分についてまとめ、簡単に私の意見を述べる。

日本に来る観光客の国別セグメントを考えると、2014年についてはアジアの周辺諸国(台湾、韓国、中国、香港)で訪日観光客数の4位までを占め、5位にアジア圏外のアメリカが初めてランクインする。つまり、先進国が多い欧米諸国からの観光客数が圧倒的に少ないことが大きな問題の一つとして挙げられる。
また、JTB総合研究所のアンケート結果によると、北米、欧州、オセアニアからの観光客が特に「文化・歴史」に関心が高いことがわかる一方で、口コミサイト「TripAdvisor」によると、「世界遺産というから来てみたが、ただの箱だった。」「何がすごいのかわからない」などのコメントが寄せられているようである。

このように外国人へのガイドというのは、やはりその文化の意味合い、歴史的な背景、成り立ち、外国人が耳にして刺激を受けるであろう情報を加えるという「調整」が必要なのです。

つまり、先進諸国の多い欧米からの観光客満足度を向上させる一つの要因として、文化財の歴史的背景や文化財の本質的な意味の説明といった「知的刺激の提供」を行い、知的欲求を満たすことは、大変重要ということである。
 この点については、予てから日本人の私自身も強く課題認識していた部分である。日本人の私が日本の文化財を見てもよくわからないのに、ましてや外国の方がその背景や意味を理解することは極めて入念な事前準備が必要となり、観光どころではなくなってしまう。
 ある文化財がどの素材で作られているだとか、築何年だとかいう客観的な情報も勿論重要な情報であるが、それ以上にその上位の情報を知りたがっているのが国内外問わず、観光客の思いであろう。
 重要文化財であれば、なぜその文化財が重要なのか?歴史的にどのようなイベントがあったのか?また博物館などの展示物であれば、何を目的にその作品を作ったのか?どのような心境で、何を考えて、その作品を作ったのか?といったことを知りたいのである。なぜそのような知的欲求が自分にあるのかは説明しきれない部分もあるが、おそらく背後に存在する歴史的な物語を、論理的な整合性のチェックを含めて、理解し納得したいのだと思う。
 
 一例を挙げると、先日東京国立博物館にてボランティアによる作品紹介ツアーに参加し、幾つかの作品の説明を受けた。その一つに野口小蘋という明治の女流南画家の作品である「春秋山水図屏風」があった。第一印象としては美しい屏風であると思ったが、それ以上屏風のどこをどう見れば良いのかが全然わからない。確かに美しい屏風なのだが、自分自身それ以上の観賞するための観点もなければ、表現をするための語彙も持ち合わせていないのである。
 そのタイミングでボランティアの説明員の方から、「野口小蘋は『帝室技芸員』を拝命した初めての女性であり、全帝室技芸員79名のうち女性は2名しかいない。」という情報を得て、一気にその作者の美術界に与えた歴史的な影響を感じることができた。これらの情報は、作品付近には全く書かれておらず、興味を持って精緻に調べて初めて知り得る情報である。

このように一部の方は当たり前のように知っている、作品の背後に存在する興味深いストーリーを添えて展示することで、国内外含めた顧客満足度は向上するに違いない。このテーマは引き続き考え、東京オリンピックまでに何かできれば良いと思う次第である。

2016年2月7日日曜日

モノとコトから考える仕事の本質とは?

最近、仕事の本質について考えるきっかけとなった良書を読んだので、共有したく思う。また、その概要とつらつら考えたことを以下に記す。



本書における仕事の捉え方

本書では、仕事を以下のように定義している。

仕事とは、「行わねばならないこと」を「体や頭を使って行うこと」。
また、

「行わねばならないこと」とは、仕事の対象の「始めの状態」を「終わりの状態」に変えること。
仕事の対象の中でも、二次的な対象ではなく、行わねばならないことに直結するような本質的な対象のことを要のモノと呼ぶ。また、要のモノの「始まりの状態」と「終わりの状態」の間の状態変化を起こす作用のうち、適切に抽象化•シンプル化した作用を基本変換、要のコトと呼ぶ。

まとめると、以下の図になる。


モノとコトで仕事の本質を考えるメリット

このような仕事の捉え方は業務改善にと大きく貢献する。要のモノ、要のコトを基にして、仕事の本質を正確に捉えることで、それ以外のぜい肉部分、仕事のムダを削げ落としていくことが可能となるからだ。

これは目的と手段を切り分けて考えることを強制する思考法といえる。
シンプルな仕事の本質(=要するに何をどの状態にすれば良いのか?)を目的として設定することで、手段(どのように状態変化を起こすか)については、より良いものを考える余地を残す。普段の業務における複雑な関係性の中で、自らの仕事を見つめ直す場合にこの強制力は有効である。

また別の側面から見れば、仕事の主体・アクターではなく、仕事の対象に注目した思考法ということもできる。
主体者中心に仕事の本質を考えてしまうと、どうしても主体者自らの先入観や習慣や、作業時の感情などを含んでしまい、本質を正しく捉えにくい。
そこで、

  • 対象を起点とし、
  • 対象を中心に、
  • 対象の気持ちになって仕事をとらえていく、

といった考え方が重要となる。仕事の対象に目を向け、要のモノとして定義することが、本思考法の起点となる。対象を知ること、観察することがより良い仕事をするための原点であるという考え方である。

このような考え方はシンプルであるが故に汎用性も高く、様々な仕事に適用できる強力な思考法だと考えられる。特に、複雑になりがちな、組織横断的な現行業務プロセスの分析、無駄の排除を考える上では、特に有効に働くのではないだろうか。

モノとコトで仕事の捉えた例

この考え方に沿って一つ例を挙げる。
「お茶を淹れる」を仕事を考える。

この作業において、要となるモノとしては茶葉とお湯である。
終わりの状態としては、「80度程度のお湯に茶葉からお茶の成分が適度に溶け出している状態」ということができよう。
また、始まりの状態としては、「茶葉と水の状態」といえる。

「茶葉と水の状態」を「80度程度のお湯に茶葉からお茶の成分が適度に溶け出している状態」に変換する基本的な変化は何か?本質的な変化、つまり要のコトは以下の2つであると考えられる。

  • 熱する(水→80度程度のお湯)
  • 拡散する(茶葉→適度に茶葉の成分が溶け出している状態)

要のコトを捉えた後に、手段を考えると工夫できるポイントが明確である。

熱する手段としては、ポット、やかん、電気ケトル・・様々な熱し方がある。同様に、拡散する手段としては、お湯に浸して自然に拡散するのを待つという手段や、茶葉から成分を事前に取り出しておいて適度に後からお湯に混ぜるという方法でも良い。
今回の自分の置かれた環境や制約条件などを加味して最も良い手段を考えればよいのである。

ただし、忘れていけないことは、お茶を淹れるためには、水を熱してお湯にする必要があり、茶葉の成分を拡散させる必要があるということだ。これはお茶を淹れるためには必須の作業でこれを代替することはできない。これが要のモノたる所以である。

モノとコトから仕事の本質を考える落とし穴

しかしながら、このような有益な思考法であるが、出版されたのが2003年ということもあり、重要な観点が抜けていると考えられる。

残念なことに、本思考法においては、既存の仕事およびその対象となるモノありきで考え始めてしまう嫌いがある。この時に抜けたり漏れたりしてしまう観点としては、そもそもその仕事はどなような価値を顧客に提供しているのか?という観点である。これは、"行なわなければならないこと"に対するWhyを検証しきれない可能性を孕んでしまう。つまり、なぜ行なわなければならないか?についての思考が深く行えずに、盲目的に行なわなければならないとした時の最適な手段を考えることになる場合があり得る。
また、対象の状態については、なぜその状態が嬉しいかを見直すきっかけにはなるであろうが、そもそもなぜその仕事はそのモノを対象としているのか、という重要な質問を考える契機を得られない。

近年一層複雑化する社会において、各人の価値観の多様化も著しい。そのような状況において、本当に行なわなければならないことを見直し、誰にどのような価値を提供するのか?というより基本的な問いに、今こそ答えていく必要があるのではないだろうか。

2016年1月10日日曜日

韻を踏むべきなのか?〜「声に出して読みたい韻」を読んで〜




概要

様々なヒット曲を例に挙げて、韻とは何か?どのような韻が良い韻なのか?どのように韻を踏むのか?を著者自身の豊富な経験に基づいて読みやすくまとめた一冊であった。韻について知らない人から、韻の勉強をこれから始めたい方に最適の一冊だと思う。

読んでみて、学んだことと想ったことをいくつか述べる。

韻の善し悪し

本書はまず初めに以下のような良質な韻の特徴を挙げていた。
 ・共通の母音の文字数が大きい
 ・同じ母音の文字列の回数が多い
 (イメージとしては、ゲーム「ぷよぷよ」を想像すると良いように想う。一度に消す数が多い、連鎖が多いとスコアが増加するので。)
 また、さらに以下ができると良い韻といえるようである。
 ・韻を踏む品詞や言語が異なる
 ・汎用性のない言葉で韻を踏む
 
 これらをまとめてみると、
 筆者の考える良質な韻とは、以下の性質を持つものといえるかもしれない。
 ・誰にでも作れる訳ではないという、困難性
 ・今まで作られておらずオリジナリティを含むという、新規性

言語による韻の踏みやすさの違い

日本語と英語の韻の踏みやすさに言及していたことが、大変興味深かった。
 
 日本語の文は末尾が動詞+助動詞などで終わる場合がほとんどである。
 一方で、英語においては、文末に、動詞だけでなく、目的語となる名詞や副詞など、文型や修飾の仕方に応じて様々な単語が存在しうる。
 それ故、文末で韻を踏む際のバリエーションが英語の方が多く、多様な韻が踏みやすい。

 また、日本語は母音の一致率が低く感じてしまいやすいという問題も存在する。
 これは単語ベースで母音の一致する割合を考えた場合、
 英語は1単語に含まれる母音数が比較的少ないため、母音が一致していると、単語全体が一致していることが多い。
 例えば、英語の「me(いー)」と「she(いー)」は母音で考えた場合、これら二つの単語は100%一致しているということができるのに対して、日本語の「わたし(ああい)」「きみ(いい)」は、各々33%と50%が一致しているだけで、あまり美しさを感じない。
 このように、日本語は単語が含む母音数が比較的多いため、母音全てを合致させることは難しく、単語ベースで考えた際に比較的に一致していないような印象を受けやすい。
 
 このように言語特性によって、韻の踏みやすさは異なる。
 
 日本語が比較的韻を踏みにくいことは、必ずしも悪い訳ではなく、制約が強い分、様々な工夫を重ね、色々な技術が生まれたようである。体言止めを基に、文末の言葉のバリエーションを出したり、言語を股がって韻を踏むことでオリジナリティを出したり、創造は尽きない。
 
 今後、様々な言語で詩に潜む韻に着目してみる価値はある。

韻を踏むべきなのか?

「学校へ行こう」の歴史暗記ラップにて一世を風靡したCo.慶応と筆者の対談(「韻タビュー」)が最後に記されている。

ここにきてやっと、Co.慶応の口から韻を踏むことの意味について言及されている。
実は、本書は韻とは何か?どのように韻を踏むか?などの問いには、丁寧に大変わかりやすく答えられているのだが、そもそもなぜ韻を踏む必要があるのか?についての言及がほとんどない。むしろ、筆者は韻が世の中の役に立つなんて、思っていなかったと記されている。

本巻末対談にて、Co.慶応は端的に「強く印象づける」ためのツールとして、「韻を踏む」ことに注力したと話している。実際、歴史などの暗記モノは語呂合わせなどの想起しやすい方法で覚えていくことが常套手段であり、韻を踏むことによって同じ母音の並びで特徴を覚えられれば、定着率が高くなるということは頷ける。

ここで議論になると思われるのは、「強く印象づける」ためのツールとして、韻を踏むことを捉えた場合、韻を踏むために日本語の語順を多少崩して、韻を踏むために不自然な用語を選択し、韻を踏むために・・・というように韻を踏むことに注力するあまり、日本語として理解しにくくなってしまったり、曲との調和が崩れてしまったりしては、逆に印象づかなくなってしまうことが考えられる。

個人的には、上記の調和を崩さない範囲で、韻を踏むことが出来る良い言葉が選択できた場合のみ、比較的わかりやすく韻を踏むことが、最も効果的なのではないかと考える。カタイ韻を踏むことを目的にして、理解しにくい詩にすることは逆効果の方が大きいように考える。

韻を踏むべきなのか?(再考)

しかしながら、詩の至る所で韻が踏まれているというのは、理解できた場合に、大変に気持ちよく、美しさすら感じてしまうことは事実である。個人的な感覚としては、完全数(その数自身を除く約数の和が自身となる数。例. 28=1+2+4+7+14)に近く、全く無駄がない印象を受ける。
この感覚はアートに近いと考えられ、アートの中でも秩序を持った建造物のようなアートだと考える。母音という制約条件を満たしつつ、全体として、幾重にも重なった厚みのある意味を想起させる。

ということで、韻を踏むべきかどうか、どの程度韻を踏むべきか、は目的によって全く異なるが、「韻を踏む」というテクニックは大変に有用であると考えられる。また、様々なアーティストが「韻を踏む」というテクニックを用いることがあるというのを知ることで、アーティストの表現したい「想い」を理解し易くなることは間違いないだろう。

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2015年6月22日月曜日

コンテンツを科学する〜「コンテンツの秘密」を読んだメモ〜

先日、以下を読んだので、備忘録代わりに書評を書いておく。

コンテンツの秘密―ぼくがジブリで考えたこと (NHK出版新書)
川上 量生 (著)


本書は株式会社ドワンゴ代表取締役会長である川上量生さんがスタジオジブリで学んだことをまとめた一冊であり、本人は本書を「卒論」と位置づけている。

本書の中で色々な観点から様々な「コンテンツの定義」が登場する。一つ一つ大変興味深く、示唆に富んだ定義であるので詳しくは本書を読んでほしい。本記事では特に興味深かったコンテンツの定義を引用し、想ったことを追記しておく。

以下はアリストテレスの表現を基に筆者がコンテンツについてまとめた最初の定義である。

「コンテンツとは現実の模倣=シミュレーションである(p.41)」

つまり、コンテンツの目的としては、受け手に現実世界を模倣(疑似体験に近いか)させることと捉えれば良いと想う。これは現実の世界のあらゆる事象を含んでおり、受け手が体験した事象はもちろん、未体験ではあるが、想像できなくもない事象を含む(SFなどはこれにあたると考える)。

次に筆者オリジナルの大変興味深い定義が以下の2つである。
「小さな客観的情報量によって大きな主観的情報量を表現したもの(p.70)」

「コンテンツとは脳の中のイメージの再現である(p.89)」

部分的に類似した定義であり、「主観的情報量」≒「脳の中のイメージ」と捉えるとその関係性がわかるであろう。作り手の頭の中にある何らかの現実を模したイメージを形にし、受け手の脳内にそれを再現させることをという意味となると想う。

本書には記されていなかったが、ここでは作り手と受け手の脳内に同様のイメージを再現できる要素がそろっている必要があると考えられる。作り手にとっては、非常に大きな主観的情報量のある作品を用いたとしても、受け手にそれを再現するための要素がなければ、何も現実世界を模倣することはできない。

受け手に対して、どれだけ根源的な内容を再現・模倣させるかに依存するが、同じ人間である、同じ民族である、同じ地域で育ったなど、様々なコンテキストの共有レベルを考えて初めて、これらのコンテンツの定義は機能するとおもわれる。

そのため、人の本能に近い部分を想起させる内容は万人受けするということであろう。

本書は「コンテンツ」を分析的に捉えるための良書である。


2015年6月21日日曜日

コンセプトビデオから読み解くGoogleの共有価値観とは?〜禅とGoogleの関係性〜

先日、以下を読んだので、備忘録代わりに考えたことをまとめる。

ザ・プラットフォーム − IT企業は成果を変えるのか?(NHK出版新書)
尾原 和啓 (著)


本書では、プラットフォームを以下のように定義している。

「ある財やサービスの利用者が増加すると、その利便性や効用が増加する『ネットワーク外部性』がはたらくインターネットサービス」

このようなプラットフォームがビジネスの世界だけではなく、私たちの生活の随所で重要な役割を担うようになってきている。本書では、世界を動かす可能性も十二分に秘めているこのプラットフォームについて、著者が実際に経験した企業(Google, 楽天, リクルート)を含む様々な実事例を交えて、その特徴や課題、また未来について記されている。

この記事では、本書2章「プラットフォームの共有価値観」にあった内容が興味深かったので、その点に焦点をあて、まとめておく。

まず、プラットフォームの本質を捉えるために、共有価値観(Shared Value)を読み解くことが重要である。

共有価値観(Shared Value)は、企業分析に用いられる 7S(Seven S Model)
の中心に据えられ、その他の企業内のあらゆる要素(Strategy, Structure, Systemes, Staff, Style, Skills, Strategy)とも強く結びついているため、プラットフォーム本質を知るために欠かせない要素となるのである。



本書では、言わずと知れたIT企業であるGoogleを例にとり、
プラットフォームの本質の読み解いているが、興味深い点は、コンセプトビデオを起点として、共有価値観を分析するところだ。

Googleの製品のコンセプトビデオの随所に散りばめられた、価値観の片鱗を紡ぎ合わせて、1つのストーリーとしてまとめている。(本書ではその他Appleについても深い考察がなされている。)

これは、私の偏見かもしれないが、一部はストーリーが先にあって、後付けでコンセプトビデオから関連するシーンを抽出したと考えられるが、その洞察と構成力は深い。今後様々なジャンルで、様々なプラットフォームが台頭してくると考えられるが、このような共有価値観を読み解くといった見方をしっているだけで、捉え方の深みは代わり、そのプラットフォームとの向き合い方も変化すると考える。

それでは、Googleの例について見ていこう。



「Google Glass」のコンセプトビデオからその共有価値観を読み解いていく。2015年1月にβ版が販売されたものの、未成熟であったためか「Google Glasshole」などと揶揄され、一時的に撤退し、現在研究所における開発体制となった製品であるが、このコンセプトビデオにはGoogleの共有価値観が多分に含まれているようである。

コンセプトビデオの前半では、以下のようなシーンがある。

 1. コーヒーを飲みながら時計を見る 
  → Glassに今日の予定が表示される
 2. 続けて窓の外を見る 
  → Glassに天気予報と気温が表示される
 3. ハムエッグを食べながら、音声入力でメールを返信する
 4. 通勤途中、地下鉄が止まってしまった 
  → Glassにルート案内が表示される
 5. 見知らぬ土地で不自由なく目的地に向かって歩く傍ら、犬をなでる
 (続く)

まず、1, 2, 4から、実世界の行動や所作から予測し、ユーザーのインテンション(意図)を読んで、先回りして必要な情報を提示することを、Googleが目指していることがわかる。

次に、3, 5のシーンから、より重要なメッセージが窺い知れる。
3のシーンでは、メールを気にせずにハムエッグを食べることに集中できる。また、5のシーンでは、従来スマホの地図を見ながら歩く場合には、犬の存在に気づかないかもしれない。そこにGlassを持ち込むことで、利用者に新しい気付きを与えている。

この3, 5のシーンのコンセプトこそが、近年シリコンバレーでも注目されている「マインドフルネス」という考え方である。マインドフルネスとは一言でいえば、「雑事や雑念にとらわれず、目の前のことに集中できるようになることで、日常の何気ないことから高い満足を得られるようになること」である。
Glassはメールを気にせずに、ハムエッグのゆっくりと味わい、道に迷って焦ることなく、かわいい犬と触れ合うことを支援するデバイスである。

以上のように、Google Glassのコンセプトビデオからは、予測して必要な情報を提示することで、雑事を退け、本人の日常のマインドフルネスを向上させるといった、共有価値観が読み取ることができるわけである。

このようなコンセプトがわかれば、同社の他の実験中のサービスである、オートナビゲーションカーも、ユーザの運転という雑事を減らし、(運転が目的の人は別であろうが)、運転中のコミュニケーションや見える景色を存分に味わうための仕組みととらえることができるようになる。

さらに面白いことには、このGoogleの共有価値観は日本の禅に通ずる要素があるという著者の洞察である。すなわち、マインドフルネスは近年Googleを中心に流行となりつつあるが、日本の禅の思想がこれと類似した要素を多く持つ。

例えば、以下の曹洞宗関連ページから関連性を考えてみる。

禅の極意!!〜「不立文字」の世界〜
「禅生活とは作務(仕事)や食事や洗面などの日常生活の中の些事を、その些事を大事と悟らせること」と記されており、これは何気ない日常の重要性を改めて知ることに通ずることである。
また、「『甘い』ということを伝えるときに、いくら口で表現してもわからない。同じ砂糖の甘さでも白砂糖の甘さと黒砂糖の甘さは違うし、果物でもイチゴの甘さと柿の甘さは違います。この甘さを本当に知るには自分が味わってみる以外にはわかりようがない。(『言詮不及、意路不到』などという)」からも、日常の五感を通した実体験を重要視し、そのために座禅を行うことがわかる。

日本の禅の考え方はあくまでも、只管打坐、座禅といったメンタル面の強化を手段としてマインドフルネスの実現をはかるが、GoogleはGlassという技術を以て、同様の課題の解決に挑んでいるといえる。時代も場所も、何もかも異なる両者が、共有価値観という軸で比較されるとこのような類似性を持つことがわかる。

もはや、プラットフォームに限った話ではないと思うが、このようなサービスの背後にある重要な共有価値観を理解することの重要性や、共有価値観の普遍性について大変勉強になる一冊であった。